天地創造

私たちの暮らすこの世界の創造について、聖書は何を教えているのでしょうか。

創世記の天地創造の記事はいったい私たちに何を語りかけているのでしょうか。

1:1 初めに、神は天地を創造された。
1:2 地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。
1:3 神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。創世記1:1-3 新共同訳

目次

混沌に働きかける神

地は人が住めない混沌とした状態であり、暗闇の力に覆われ、無秩序な状態にありました。

しかし、そんな世界を見捨てることなく、神の霊が働いておりました。

その働きは暴風が吹き荒れるような激しく力強いものであり、母鳥がひなを保護し導くような愛情に満ちたものでした。

1節は「神が天と地を創造した」という要約文を最初に記すのがヘブライ文学の特徴です。2節から具体的内容に入っていきます。
2節の「混沌」は人も住めない荒廃した状況を意味します。神はそこを人が快適に住める環境へとつくりかえます。
「深淵」とは、バビロニア神話に出てくる原始の大海を指し、自由奔放(無秩序)や悪魔的な力を象徴します。
2節後半では、対照的に「神の霊が動いていた」とあります。「動いていた」רָחַףは「羽ばたく、吹きまくる、動き回る、(保護して)舞いかける」などの意味があります。申命記32:11では荒野を保護し導く神の顧みとして用いられています。

神の言葉が発せられることによって光が創造されました。

この光は神の愛、救い、秩序、善、真理などを象徴的に示しています。

パウロはこの光を福音を理解するための啓示の光として理解しています。

4:6 「闇から光が輝き出よ」と命じられた神は、わたしたちの心の内に輝いて、イエス・キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る光を与えてくださいました。Ⅱコリント人への手紙4:6 新共同訳

二重の意味

創世記1章の記事には二重の意味が込められています。

神は永遠の昔、混沌とした状況から、神の霊の激しい働きかけとその言葉によって新しい世界を創造してくださいました。

それは調和と秩序に満ちた世界であり、あらゆる良きものがあふれる祝福された世界です。

その偉大なる創造のみわざを再び行ってください。

神の霊の激しく、力強い働きと神の言葉の力によって

どうか再び、この荒廃した私たちの世界を新たに創造してください。

全能なる神に対するそんな祈りと信仰がこの記事には込められています。

言葉による創造

創世記1章の創造物語は、捕囚に連れていかれたバビロニア文明の世界観や言葉(概念)を表現の材料として借用しています。

しかし、神の民はそこに独自の主張を込めています。

多くの神話では創造のわざは、「すでに存在するものや神からの流出」であると考えられています。

しかし、聖書の教える神は、この世界とそこに住むすべてのものを「言葉によって」創造されます。

神の霊の働きのもとで、神の言葉が発せられる時に、そこに新しい世界が創造されるのです。

破壊においても解放においても、イスラエルの民は、預言者を通じて語られた神の言葉が文字通り現実となるのを見てきました。

彼らは神の言葉の驚くべき力をその歴史を通じて体験してきたのです。

信仰によって、わたしたちは、この世界が神の言葉によって創造され、従って見えるものは、目に見えているものからできたのではないことが分かるのです。へブル人への手紙11:3 新共同訳

礼拝への招き

創世記1章の創造賛歌を書いた著者グループの意図は何でしょうか。

混沌から調和のとれたこの世界を創造された神の偉大なる力、英知、被造物への慈しみを示す目的は

会衆をこの偉大なる神への礼拝へと招くためです。

古代では、太陽や月や動物などを神としてあがめていました。

しかし、天と地をつくられた神こそがまことの神であり

この神こそが真にあがめられるべきお方です。

神が創造のわざを休まれた第七の日は

この偉大なる神を喜びたたえるために、取り分けられた特別な日なのです。

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