信仰を言葉に出す

あなたの信仰生活がもしうまくいっていないとするならば、それはあなたの努力が足りないからではありません。

「わたしはこういう方法で人類を救い、祝福することにする」と神が定めたやり方、信仰の法則にあなたが沿っていないからです。

信仰とは、いったいどのようなものでしょうか。

共に聖書から学んでまいりましょう。

信仰の法則の第一ステップは「言葉の法則」です。

自分が普段何気なく話している言葉が実はどれほど重要であるかを知ったのは最近です。

あなたがその口から発する言葉が、神の力を働かせるうえで大切な役割を担っています。

目次

自分の信じたことを言い続けた女性

信仰によって神の力を引き出し、自分の病気を治してもらった女性が聖書に出てきます。

彼女は12年間、出血が止まらず、大変辛い人生を送っていました。

ある時、神の恵みを伝え、病気を治すイエスという方について聞きました。

彼女は「この人こそがメシアである。私を祝福し、私をこの病気からも救ってくれるに違いない」と思いました。

そして、彼女は言い続けたのです。「この方の衣のすそにでも触ることができればいやしていただくことができる」

【新共同訳】
マルコによる福音書
5:25 さて、ここに十二年間も出血の止まらない女がいた。
5:26 多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった。
5:27 イエスのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、後ろからイエスの服に触れた。
5:28 「この方の服にでも触れればいやしていただける」と思ったからである。

28節はギリシャ語原文では「思った」ではなく、「言い続けた」となっています。

彼女は言い続けたのです。「この方の服にでも触れればいやしていただける」

その言葉は彼女の信仰を表現していました。

彼女はどんどん悪くなっていく状況に逆らって、自分の信仰を言い続けました。

あなたの言葉があなたの未来を決める

もし、彼女の言葉がその不信仰を表現していたとしたらどうでしょうか。

「どうせ、わたしなんか、もうおしまいよ」
「どんな医者でも治せなかったんだから、このイエスでも治せないよ」
「神はわたしのことを見捨てたんだ。わたしのことなんか顧みてくれないんだ」

12年間も状況が悪くなっていく中で、彼女はよく否定的な思い、不信仰な考えに陥らなかったと感心します。

彼女がもし、上記のような否定的な言葉、不信仰な言葉を言っていたとしたら、彼女はきっと神の救いといやしを受け取ることはできなかったことでしょう。

彼女は失意のうちに、一人寂しく死んでいったことでしょう。

しかし、彼女はその言葉によって自分の信仰を示し続けました。

「イエスという方がわたしを救い、わたしの病気を治してくれるんだ」
「この方の服にでも触れればいやしていただける」

その言葉、彼女が言い続けたその信仰の告白が彼女を救ったのです。

イエスは言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい。」マルコ福音書5:34 新共同訳

聖書で「救う」とは、その人を全体的に祝福することです。神の力は、私たちを全体的に、魂、肉体を含めたトータルな存在として、神との祝福された関係へと回復させていきます。

魂だけ救って、肉体は救わないという二元論は聖書の教えではありません。

「救う」という語には、「病気を治す」という意味も含まれています。

彼女はその言葉によって自分の信仰を示し続けた結果、神の救いの力を引き出すことに成功したのです。

「 あなたの信仰があなたを救った。 」

あなたの言葉が、あなたの未来を決めるのです。

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